2016年09月16日

地下鉄に乗って

image1.JPG生駒に向かっております。

大学の頃に似顔絵のバイトに行っていた生駒山
山上遊園地があります。

堅物だった僕は、暑いのに水分も取らず、休憩時間まで飲まず食わずで似顔絵を描いていて、ぶっ倒れたことがあります。

山上で寒いので、食堂のラーメンはラードたっぷりで、ラーメンの上をコートするので、いつまでたっても冷めず、猫舌の僕は全く手をつけられず、休憩時間ギリギリで小皿を貰うスキルを覚えたのもこの頃です。

古本屋さんのキトラ書店。名前が未だに頭に残っています。

ケーブルに乗らずに山を降りていたら、修験場があって、滝行させてもらったのも良き思い出。
posted by 豊来家玉之助 at 11:52| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

ウェーデルン

うちの父親は、母親にモテたいがためにスキーを始めたんだそうです。それがいつの頃からか逆転し、母親そっちのけでスキーを始めたんだとか。

平面の雪面でストックで押しがけせずに、片足でウェーデルンで進んでいくような父親でした。若い頃は黒菱を三回転半で滑り降りていたんだそうな。

僕もどれだけスピードを出しても瞬時に雪しぶき上げずに停止出来る位にはなっていたのですが、何処にでもある身内びいきのスパルタ(本当は違うんですけどね)で嫌になったりしながらもスキーは続けていました。スケーティングで斜面を逆走で登れるようになった頃、小さい頃からお世話になっていた民宿のご主人が亡くなり、父親は癌で亡くなり、僕の中のスキーの一時代が終わりを告げた、それと同時に僕もスキーをしなくなっていました。今の仕事に就いたのも輪をかけておりました。

同窓会で15-6年ぶりに幼馴染と話しました。

「君のお父さんに教えてもらった通りに今もスキーをしている。」

肉親の僕がスキーをしなくなって15年余り。
今でも人の心の中で父親は生きている事を初めて実感した感じでした。

平面で片足で、ストックを使わず滑り始めるウェーデルン。あれが出来るまで続けておけば良かったなと初めて後悔しました。

が、これも縁なのでしょう。スキーを止めていたから、今その言葉が身に染みるのです。

武術の先生は言いました。「歩法はスケーティングに近い」未だ解明出来ていないけれど、言葉にならない何かは心の中にうっすらと浮かび上がり始めています。

逆に、獅子舞や日本舞踊をや武術をやっている今だからこそ、そこに近づけるのかもしれません。スピードに負けて、スキー靴の硬さのみで膝を折り滑っていたあの頃とは違う滑り。風に身体が負けない滑り。それができるかもしれません。

今年はスキーに行ってみようか?

そんな風に思えた1日でありました。
posted by 豊来家玉之助 at 16:13| 大阪 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月11日

韓園講、出陣。

image1.JPG7/9宅春日神社水論平和記念奉告祭にお邪魔して来ました。
posted by 豊来家玉之助 at 14:22| 大阪 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする